道101 螺旋階段の上り方
〜同じ場所に戻ったのではなく、一段上から見ている〜
人生は一直線には進まない。
落ち込みは、次の一段の始まり。
前へ進んだと思ったら立ち止まり、
また同じことで悩み、落ち込む。
それでも振り返ると、前とは少し違う景色が見えている。
らせん階段のように、人は登っていく道。
あるある
・「また振り出しに戻った」と感じる
・同じことで何度も悩む
・成長していない気がする
・頑張っているのに、前に進んでいる実感がない
行動として出るもの(症状)
・落ち込むと、なかなか抜け出せない
・落ち込む自分を責めてしまう
・「切り替えなきゃ」と焦る
・前向きなふりをして、感情にふたをする
・反省ばかりして、終わってしまう
心の状態
・落ち込んではいけないと思っている
・弱音を吐いてはいけないと思っている
・「どうして私だけ」と感じている
・変わりたいのに、変わり方が分からない
・同じ失敗を繰り返す自分が嫌になる
チェックしてみよう
✔ 落ち込んだあと、自分を責めてしまう
✔ 「また同じこと」と感じる悩みがある
✔ 泣くこと・弱音を我慢しがち
✔ 反省はするけど、その先が続かない
✔ 前に進んでいる実感がほしい
しょみくじ

気づき・本質
人生は、一直線には進まない。
前へ進んだと思ったら立ち止まり、
また同じことで悩む。
でも——
👉同じ場所を回っているように見えて、
実は少しずつ上へ進んでいる。
それが、らせん階段。
だから、落ち込む出来事が来たら、
こう思っていい。
👉「あっ、次の一段が始まったんだ」
落ち込みは、失敗のしるしではなく、
階段の一段目。
そして、階段を登る鍵は「客観視」。
客観視とは、自分を責めることではない。
👉本当の自分に、会いに行くこと。
怒っていたのではなく、寂しかった。
嫉妬していたのではなく、認めてもらいたかった。
表面の感情の奥にいる本当の自分に気づいたとき、
視点が変わり、方法が変わり、結果が変わっていく。

えつこの体験
四十二歳のある日。
私はダイニングの椅子に座って、
コーヒーを飲んでいました。
ふっと部屋を見渡して、
自分でも驚くような思いが込み上げてきたんです。
「私、なんでこんな暮らしができているんだろう」
二十代の私は、まったく違う毎日でした。
借金があって、片づけも苦手で、
仕事も続かなくて、
二人目がなかなか授からず、何度も泣きました。
そんな私が今、
穏やかな気持ちでコーヒーを飲んでいる。
不思議でたまりませんでした。
「どうして私は、ここまで変われたんだろう」
その答えが知りたくて、
私は自分の人生を何度も振り返りました。
紙と鉛筆で、自分に質問しては書く。
相棒のゆうこさんと、何度も深掘りする。
「あの時はどう感じたの?」
「どうしてそう思ったの?」
すると、共通の流れが見えてきたんです。
落ち込み、
気持ちを切り替え、
客観的に見つめ、
受け止め、
次の方法を考え、
動き、
続ける。
その繰り返しで、人は少しずつ登っていく。
同じ場所を回っているように見えて、
実は少し高い場所へ進んでいる。
その姿は、まるで——らせん階段でした。
この考え方は、本で学んだものではありません。
私の人生そのものから生まれたものです。
ここに写真(ダイニングやコーヒー、階段など)
みんなの体験
らせん階段は、私だけのものではありませんでした。
以前のみんなのパターンは、こうでした。
落ち込む → 切り替える → また落ち込む
切り替えても、また同じところに戻ってしまう。
足りなかったのは「客観視」と「受け止める」の段でした。
直美さんは、
落ち込むと抜け出せない人でした。
でも今は「これは次のステップへ進むための一段なんだ」と受け止められるようになり、
「何が起きても大丈夫」という安心感の中で、
一般社団法人の代表として新しい挑戦を続けています。
麻子さんは、
怒りやイライラは悪いものだと押し込めていました。
今は、まず感情を素直に受け止めて、紙に書いて整理する。
思い込みや視野の狭さに自分で気づけるようになり、
ミセスコンテストで賞を受賞するまでになりました。
めぐさんは、
「私には無理かもしれない」が口ぐせでした。
今は「今の自分にできる一歩」を積み重ねて、
人の後ろについていくだけだった人が、
理事として仲間を支える人になりました。
三人とも、特別なことをしたわけではありません。
らせん階段を、一段ずつ登っただけです。
音声・動画
らせん階段の上り方
コンサル生の螺旋階段(子供の理科の宿題) 今日も螺旋階段
処方箋
・落ち込んだら「次の一段が始まった」とつぶやいてみる
・泣きたい時は泣く。感情をなかったことにしない
・切り替えの引き出しを3つ持つ(お風呂、映画、散歩、コーヒー…)
・「どうして私は、こんな気持ちになったんだろう」と紙に書いてみる
・見えてきた自分に「そう思っていたんだね」と声をかける
・完璧に決まってなくても、まず一歩動く
小さな肯定
あなたは振り出しに戻ったのではない。
少し高いところから、同じ景色を見ている。
補足 らせん階段・7つのステップ
ステップ1 落ち込む
感情をなかったことにしない。悲しい時は泣く。らせん階段はここから始まる。
ステップ2 切り替える
完全に元気にならなくていい。心が「少し」静かになれば、その少しが大切。
ステップ3 客観視する
反省ではなく、問いを変える。「どうして私は怒ったんだろう」。本当の自分に会いに行く、一番大切な段。
ステップ4 受け止める
「そう思っていたんだね」「苦しかったんだね」。甘やかすことではなく、今の自分を認めること。
ステップ5 次の方法を考える
受け止めて初めて、前が見える。「頑張る」以外の方法を探していい。
ステップ6 動く
完璧に準備してからでなくていい。まずやってみて、また考える。
ステップ7 続ける
また落ち込む日が来ても大丈夫。一段目に戻ったように見えて、前より高い場所にいる。
この道は、
【道75 とことん落ち込む】から始まり、
【道67 客観視】【道61 どんな自分も認める】を通って、
【道95 3つの信じる】へつながっています。
自分を信じる力。人を信じる力。流れを信じる力。
三つの信じる力は、らせん階段を登り続けた人の中に、少しずつ育っていきます。
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