書みくじって、なんなの?
書みくじ と、私
書みくじって、
なんなの?
答えをもらうおみくじではなく、
自分で気づくためのおみくじ
「書みくじって何ですか?」
そう聞かれることがあります。
一言でいうと、書みくじは、
答えをもらうためのおみくじではなく、自分で答えに気づいていくためのおみくじです。
占いのように、
「あなたはこういう人です」
「こうした方がいいですよ」
と、外から答えをもらうものとは少し違います。
書みくじでは、一つの言葉をきっかけに、
「今の自分に、この言葉はどうつながるんだろう」
「私は本当はどう思っているんだろう」
「じゃあ、これからどうしたいんだろう」
と、自分で考えていきます。
そして、
「あっ、そっか」
と、自分の中で何かがつながる。
私は、その瞬間をとても大切にしています。
書みくじは、私自身のモヤモヤから生まれました
私は長い間、書道を続けてきました。
でも、ある時から、
「私は本当に、これがやりたいのかな」
とモヤモヤするようになりました。
他の流派を学ぶのか。由緒のあるものを深くやるのか。作品を作るのか。
いろいろ考えましたが、どうもしっくりきませんでした。私は書を使って、何をしたいんだろう。そんなことをずっと考えていました。
その一方で、コミュニティを運営したり、人と関わったり、自分自身もいろいろな経験を重ねてきました。その中で、心に残る「言葉」がたくさんありました。
人との別れの時にもらった言葉。苦しい時に支えになった言葉。何年も経ってから、「あの時、この言葉の意味はこういうことだったんだ」と分かった言葉。そして、「あの時、この言葉をもらえていたら、私はもう少し楽だったかもしれない」と思う言葉。
そういう、自分が実際に生きてきた中で出会った言葉を、一つずつ残していきました。それが、書みくじの始まりです。
人からもらった答えは、忘れてしまう
私自身、昔はいろいろな占いやセミナーにも行きました。そこで、
「あなたはこうですよ」
「こうした方がいいですよ」
とアドバイスをもらうこともありました。その時は、「ああ、そうなんだ」と思うんです。でも、三日もすると忘れてしまう。
なぜなんだろうと考えた時に気づきました。それは、まだ自分の答えになっていなかったからです。
人から教えてもらったことが悪いわけではありません。新しい知識やヒントをもらうことは、とても大切です。でも、それを自分の体験とつなげて、「あ、私はこうなんだ」と自分で気づいた時に、初めてその言葉が自分のものになる。私はそう感じています。
「自分の中に答えがある」とは?
「自分の中に答えがある」と言うと、「でも、私には答えなんてありません」と思う人もいるかもしれません。
私が言う「自分の中の答え」は、最初から正解を知っているという意味ではありません。これまで自分が、
見たこと。聞いたこと。失敗したこと。
悩んだこと。学んだこと。
嬉しかったこと。苦しかったこと。
そういう、自分が生きてきた体験の中に材料があるということです。そして、一つの言葉をきっかけに、「あの経験と、今のこれはつながっているかもしれない」と気づくことがあります。
私は、その自分で気づいたことこそが、その時の自分の答えだと思っています。
「夫婦和合」と言われても、できなかった
たとえば、昔の私は「夫婦和合」という言葉をもらったことがあります。「夫婦仲良くすることが大切」。確かにそうだと思います。でも、その時の私は、どうしてもできなかった。
だったら、その時の私にとっての答えは、「夫婦和合しなければいけない」ではなかったんです。その時の本当の答えは、
「私は今、夫婦和合ができないんだ」
だったんです。そこに気づく。そこから、「じゃあ、どうしたらできるようになるんだろう」と考え始める。すぐに答えが出なくてもいい。五年後、十年後に、その言葉の意味が分かることもあります。私自身、そうやって少しずつ、自分の中に言葉を落とし込んできました。
書みくじでは「ハッ」とする瞬間がある
書みくじを引いた人と話していると、多くの人に、
「あっ」
「そっか」
という瞬間があります。それまでモヤモヤしていたことに、違う角度から光が当たるような感じです。
「そういう見方もあるんだ」
「私、本当はこう思っていたのかもしれない」
「だったら、こうしてみようかな」
そんな言葉が本人の口から出てきます。私は、この本人の口から出てくる言葉を大事にしています。自分の言葉として外に出すことで、少し客観的に自分を見ることもできます。吐き出すことにもなります。そして、自分で口にした言葉だからこそ、自分の中に残っていきます。
つながらない時は、ヒントを渡す
もちろん、一枚の言葉を引いても、「よく分からない」という時もあります。そんな時は、私自身の体験を話したり、少し違う視点からヒントを渡したりします。
でも、私が答えを決めることはしません。あくまでも、その人が自分で、「あ、そういうことか」と気づくためのお手伝いです。
私は答えを教える人というより、気づくためのヒントを渡す人でいたいと思っています。
書みくじの言葉は、私が実際に体験してきた言葉
書みくじの中には、誰もが知っているような言葉もあります。でも、その多くは、私がこれまで生きてきた中で、「この言葉があったから見方が変わった」「この時、この言葉が必要だった」と感じたものです。
母として。妻として。
仕事をする人として。
家族や友人との人間関係の中で。
うまくいったことも、失敗したことも含めて、57年間の体験の中から残ってきた言葉です。そしてコミュニティの中でも、実際に人と一緒に言葉を引きながら、「この言葉は人の気づきにつながるんだ」ということを何度も確かめてきました。
だから私にとって、書みくじの言葉は単なる名言集ではありません。
実際の人生の中から拾ってきた、気づきの入口です。
書みくじは「自分で考える力」を育てていく
書みくじを何度も経験していくと、少しずつ変わってきます。何か嫌なことがあった時も、「最悪だった」「なんで私だけ」で終わるのではなく、「じゃあ、どうしたらいいかな」「違う見方はないかな」と、一度立ち止まれるようになります。
人にすぐ答えを聞きに行くのではなく、自分で考えてみる。そして、自分なりの次の一歩を決める。それができるようになると、心がとても楽になります。
私自身もそうでした。以前は、何かあるたびに外へ答えを探していました。占いを見たり、セミナーへ行ったり、人に聞いたり。でも今は、昔なら「すごい!」と思っていたような言葉を見ても、「うん、そうだよね」と思うことが増えました。その考え方が、自分の中に入って、当たり前になったからです。
最終的には、書みくじがなくてもいい
私は、ずっと書みくじに頼ってほしいとは思っていません。むしろ最終的には、書みくじがなくても、
何かあった時に一度立ち止まり、
自分の体験を振り返り、
違う視点から考えて、
自分で次の一歩を決められる。
そんなふうになってもらえたら、一番いいと思っています。書みくじは、そのための練習でもあります。
答えをもらうためのおみくじではなく、
自分で気づく力を育てるおみくじ。
一つの言葉をきっかけに、
立ち止まる。考える。つなげる。気づく。
そして、自分で次の一歩を決める。
それを繰り返しながら、少しずつ、
「答えを外に探す自分」から「自分で考えられる自分」へ。
書みくじは、そんな時間をつくるものです。

