今日の掘り下げ #015
私は、愛を残すために書いていた
子どもの頃、私は書くことが好きではありませんでした。
作文も苦手。
読書感想文も苦手。
どちらかというと、絵を描くことの方が好きでした。
だから、自分がこんなに書く人になるなんて思ってもいませんでした。
転機は結婚でした。
妊娠して仕事を休み、家にいる時間が増えた時、夫が
「ラジオを聴いてみたら?」
と言ってくれました。
そこから投稿を始めました。
自分の文章が読まれる。
ポストを開けると景品が届いている。
その嬉しさが、書く楽しさを教えてくれました。
子どもが生まれてからは、自分の時間はほとんどありませんでした。
だから毎日、子どもを寝かせた後の一時間だけが私の時間でした。
家の掃除を終え、お風呂に入り、静かな夜に机へ向かう。
押し入れの前に座って書いていた、あの時間。
今でもあの静かな空気を覚えています。
そして思い出しました。
もっと前、小学生の頃のことです。
友達の家で見た、お母さんが作った「家庭新聞」。
それが、とても温かく見えました。
「私も結婚したら、こんな新聞を作りたい。」
その夢を、私は結婚してから叶えました。
家族新聞。
子育て記録。
交換日記。
家計簿。
どれも「残そう」と意識して始めたわけではありません。
でも今振り返ると、
私は未来の家族へ手紙を書いていたのです。
30年後、娘が母親になった時、
同じ月齢の記録を見せてあげられる。
息子にも、小さい頃の記録を渡せる。
孫にも伝えられる。
書いたその時は未来なんて考えていませんでした。
でも今なら分かります。
書くことは、時間を超えて愛を届けることでした。
言葉は、その場で消えてしまいます。
でも、書いたものは残ります。
何年経っても、その時の気持ちを届けてくれます。
だから私は今も書いています。
作品を書くためではありません。
未来の誰かが、
「私も同じだったんだ。」
と安心できるように。
今日の気づき
私は文章を書く人になったのではない。
未来の誰かへ愛を残したくて、書く人になったのだった。

