道43 表面的
〜名誉・地位・お金で人を見ていた。ナンバーワンではなくオンリーワンへ変わる道〜
あるある
- 人を仕事・肩書き・お金で無意識に判断してしまう
- みんなの前とそうでない時で、態度が変わってしまう
- 「こうあるべき」「女の子だからこれはできない」と決めつけてしまう
- 親や周りの価値観に合わせていると、なんとなくもやもやする
- 常に1番でないといけない・完璧でないといけないと思ってしまう
行動としてでるもの・症状
- 見えるもの(名誉・地位・お金)が全てになってしまう
- 欲とプライド・軸のなさ・枠が原因で表面的な判断になる
- 出発点がマイナス(ないところ)から始まり、できない部分を責めてしまう
- 表と裏の顔を使い分けることが当たり前になっている
- 人と比べたり上下で判断したりしてしまう
心の状態
- 親や周りの刷り込み・価値観に合わせているが、もやもやしている
- 「親は絶対」と思っていて、自分の感覚を信じられない
- 表面的な見方が当たり前になっていて、それに気づいていない
- 本当の自分のものさしで人や物事を見られていない
チェックしてみよう
- ✔ 人を仕事・肩書き・お金で判断していませんか?
- ✔ 出発点がマイナス(ないところ)かプラス(あるところ)か、気づいていますか?
- ✔ 「こうあるべき」という枠に縛られていませんか?
- ✔ どんな仕事をしていても上下で見ずに接することができていますか?
しょみくじ

気づき・本質
名誉・地位・お金など人を見た目で判断してしまう——これが表面的な状態です。
原因は欲とプライド・軸のなさ・枠。
対処法は、人と比べたり上下で判断しないこと。
常に1番でないといけない・完璧でないといけない・いい子でないといけない。
そのものの考え方で育った子は、生きることが苦しくなります。
自分からその枠を破ったり、他に目を向けて視野を広げていきましょう。
また、何か起きた時の「出発点」が大切です。
出発点がマイナス(ないところ)の場合——テストで70点取っても残り30点に目を向けて、できない部分を責めて落ち込む。
出発点がプラス(あるところ)の場合——テストで70点取ったら70点できたことを認めて褒め、自信から次を頑張ろうとなる。
出発点がマイナスかプラスかで、その後の行動や考え方が全然違ってくる。
まずは自分がどっちの出発点にいるかな〜って「気づく」だけでOKです。

えつこの体験
10代の頃、両親の声は絶対でした。
でも、その両親を見ながらいつももやもやしていました。
みんなの前ではにこにこしているのに、裏では上下関係で見ていたり愚痴を言っていたり。
表と裏の顔のやり方を、知らず知らずのうちに教わっていたんです。
「女の子だからこれはできない」「こうあるべき」という決めつけや価値観。
親に合わせて価値観を刷り込まれていると、なぜかもやもやする。
でも当時は「親は絶対」と思っていたので、自分の感覚を信じられませんでした。
それが変わったのは、結婚してカルチャーショックを受けた時と、
道を教えてくれる場所へ行って「普通のことを普通に」教えてもらった時でした。
今は、どんな仕事をしている人でも上下で見ないということをしています。
表面的な刷り込みから抜けた先に、そのものさしができました。
あのもやもやは、本来の自分が「それは違う」と言っていたサインだったんだと、今ならわかります。
みんなの体験
「肩書きで人を見ていたことに気づいた時、恥ずかしくなった」
「親から刷り込まれた価値観だと気づいたら、もやもやの正体がわかった」
「出発点がマイナスだと気づいただけで、少し楽になった」
「上下で見るのをやめたら、人間関係がシンプルになった」
「ナンバーワンを目指すのをやめて、オンリーワンを探し始めたら楽になった」
音声・動画
親の表面的なこと
処方箋
- 今日、自分の出発点がマイナスかプラスかを「気づく」だけでOK
- 人を仕事・肩書きで判断していないか、一度立ち止まって見てみる
- 「こうあるべき」という枠を一つだけ手放してみる
- 人と比べたり上下で判断したりするのをやめ、その人そのものを見る
- もやもやした時、それが本来の自分からのサインと受け取る

小さな肯定
あのもやもやは、本来の自分が
「それは違う」と言っていたサインでした。
あなたの感覚は、最初から正しかった。
補足|この道
この道は、
【道38 平和ぼけ】
【道41 白と黒の戦い】
ともつながっています。
この道を抜けると、
【道60 心と行動が一致する】
【道63 良心が育つ】
の道が見えてきます。
似た考えの偉人・有名人
- マザー・テレサ「人を外見で判断するな。心で見なさい」
- アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「本当に大切なものは目には見えない」
- 松下幸之助「人を肩書きで見るな。その人の心を見よ」

