女性の一生 / お家起業 習字編 ③

女性の一生 / お家起業 習字編 ③

やめるという言葉は、なかった

九年ぶりの命と、止めなかった教室の物語

2005年(平成17年)

美里の教室が根づいて、しばらく経ったある年。わたしは、九年ぶりに命を授かりました。 長く待った、待望の妊娠です。けれど、その一年は、ただ喜びに満ちた日々ではありませんでした。 妊娠しても、教室は止められない。当時は、代わりに見てくれる人もいない。

この章も、当時の「教室だより」と「家計簿」をたしかめながら、宝物スイッチの10段階に沿って振り返ります。 命を授かるという、人生の大きな一周。その中で、わたしがどう歩いたのかを。

1

その場にとどまる

2005年春・妊娠がわかる

九年ぶりに、命が宿りました。長く待った妊娠は、もちろん、嬉しかった。

けれど同時に、現実の問題が、一度に押し寄せてきます。 習字教室をどうするか。幼児学園をどうするか。英会話をどうするか。 当時は、今のように代わりに見てくれる人がいません。全部、自分で抱えてやるしかない。 喜びと不安を抱えたまま、わたしはまず、その場に立ち止まりました。

宝物スイッチ①「その場にとどまる」。 すぐには動けない。喜びながらも、これからどうなるかを見つめて、感じて、立ち止まる。この不安が、次の一歩の出発点になりました。
2

ワクワクする

つわりの時期

つわりが辛くて、まずはそれを乗り越えなければなりませんでした。 抱えていたものを、一つずつ手放していきます。サニクリーンの配達バイトも終了。学研のバイトも終了。 「女性は損だな」と思いました。命を授かると、積み上げてきたものを、手放さなければならない。

でも、そこで止まりませんでした。幼児学園の代わりが、見つかったのです。なんと、父。 人に教えたことはなかったけれど、習字を三段まで続けていた父に、お願いしてみたら、快く引き受けてくれました。 週に一回、一時間。父が、一年間、幼児学園をつないでくれたのです。それが、本当に嬉しかった。

宝物スイッチ②「ワクワクする」。 一人で抱えるしかないと思っていたのに、いちばん身近な人が、道を開いてくれた。父が習字を続けていたことが、九年後に、娘の教室を救いました。
3

夢中になる

妊娠期を通して

妊娠しても、教室は同じ温度でやっていました。 つわりがあっても、お腹が大きくなっても、臨月になっても、子どもたちに向ける熱は変わらない。 手を抜かない、妊娠を言い訳にしない。

お腹の赤ちゃんのエコーを子どもたちに見せて、一緒に感動しました。臨月では、クリスマス会の司会もこなしました。 「妊婦のくせに動き回ってばかり」と、周りが心配するほど。それでも、いつもと同じ温度で、わたしは教室に夢中でした。

宝物スイッチ③「夢中になる」。 楽しいからではなく、教室を自分ごととして引き受けているから、しんどくても温度を下げなかった。それが、夢中ということ。
4

繰り返す

毎月、欠かさず

妊娠していても、毎月の教室だよりは、一度も途切れさせませんでした。 つわりの月も、臨月の月も、きちんと作り続けました。生き方の言葉を添えて。

「一年そこそこで完璧にできる人はいない。何年も通して、集中力も忍耐力も身につく。なが〜い目で見てあげて」—— 子どもたちに書いたその言葉は、手放して、抱えて、それでも続ける自分自身への言葉でもあったのかもしれません。 妊娠という大変な一年も、この繰り返しだけは、変わりませんでした。

宝物スイッチ④「繰り返す」。 続けることが、力になり、習慣になる。書き続けた生き方の言葉が、めぐって、自分を支えていました。
5

新しいイメージが生まれる

2005年9月

妊娠していても、わたし自身も、生徒として習字に通い続けていました。ステップアップを頑張って。 ちょうどこの頃、習う場所を、長くお世話になった宇座先生のところから、別のところへ移しています。

そんな中、家計簿の9月21日に、わたしはふっと、こう書きました——「かな字が楽しい」。 狙って生み出した楽しさではありません。続けているうちに、向こうからやってきた新しい感覚。 お腹に新しい命を授かった年、わたしの中にも、新しい芽が生まれていました。

宝物スイッチ⑤「新しいイメージが生まれる」。 新しい景色は、探さなくても、続けているうちに、ふっとやってくる。命と、楽しさと——二つの新しいものが、同じ年に芽吹きました。
6

具体化する

妊娠後期

家計簿を見ると、妊娠後期は、ものすごい忙しさでした。上の娘・かなえが、大活躍していたのです。 ピアノ、バレエ、新体操の大会、童話大会は県大会で一位。次々と、総なめにしていきます。 その送迎に、お祝い。自分は妊娠後期、お腹の子を意識しながら、習字も英語もこなす。

倒れてもおかしくない忙しさ。それなのに——全然、あわてていません。すいすいと、こなしている。 手放すものは手放し、任せるものは任せ、続けるものは続ける。①からの段取りが、ここで形になっていました。

宝物スイッチ⑥「具体化する」。 膨大なやることを、パニックにならずに回していく。その段取りの力そのものが、この時期に形になっていました。
7

いろんな角度から磨く

妊娠期を通して

支えは、いろんな角度から集まってきました。 わたしの両親の援助。夫の義母の援助。 そして、娘のかなえが「看板娘」になったのです。

新体操で活躍する娘を見て、その周りから、習字や英語の生徒が続々と集まってきました。 一人で抱えるしかないと不安だった①から、⑦では、家族みんなの手と、娘の輝きが集まって、教室はさらに広がっていったのです。

宝物スイッチ⑦「いろんな角度から磨く」。 自分ひとりの力ではなく、家族の支えと、娘という思いがけない角度が、教室の価値を高めていきました。
8

軸が立つ

出産の計画

帝王切開でした。だから、日を選べました。 習字が月曜日にあるので、それに合わせて、火曜日の朝に帝王切開にしたのです。前日の月曜まで、わたしは仕事をしていました。

産後は、一ヶ月休んで、一ヶ月後は復活すると決めました。当時は代わりがいない。 だから、英会話は一ヶ月ネイティブ先生に任せ、一ヶ月後は昼をファミリーサポートに任せる。 任せ先を全部決めて、自分の復活する日も決めた。①では「一人で抱えるしかない」と不安だったその同じ問いに、ここで、ブレない答えを出しました。

宝物スイッチ⑧「軸が立つ」。 いつ産むか、いつまで休むか、いつ戻るか、誰に何を任せるか。全部を決め切る。「復活する」という言葉に、ブレない軸が立っていました。
9

形にする

出産

そして、赤ちゃんが生まれました。念願の。

九年ぶりに授かった、待ちに待った命。 ①で喜びと不安を抱えて立ち止まってから、②から⑧を経て、ついに、この世に新しい命を送り出したのです。

宝物スイッチ⑨「形にする」。 十月十日を経て、命が、この世に生まれ出た。これ以上の「形にする」はありません。
10

自分のものになる

産後、復活

休んだのは、たった一ヶ月。すぐに復帰して、復帰前と同じように、教室を運営しました。

上の子のこともしながら、妊娠・出産を経て、仕事も自分でどうにかし——そして、みんなの支えをいただいて、運営ができたのです。 ①では「一人で抱えるしかない」と不安でした。けれど⑩では、父に、両親に、義母に、先生たちに、看板娘の娘に、支えられていた。 「一人で抱える」から「みんなの支えをいただく」へ。仕事と子育てと家族を、全部抱えて回すことが、当たり前の自分になりました。

宝物スイッチ⑩「自分のものになる」。 やってきたことが、暮らしに吸収されて、自分そのものになる。そしてこの新しい自分を土台に、また次の①が始まっていきます。

なぜ、これだけのことができたのか

妊娠して、つわりで手放して、「女性は損だな」と思って、一人で抱えるしかなくて—— それでも、わたしは教室を止めませんでした。いえ、正確に言えば、「止める」という考えが、そもそも浮かばなかったのです。 どうやったら続けられるか。それだけを、考え抜いていました。

これだけのことが、なぜできたのか。
九年という、不妊治療の時間があったからだと思う。
あの苦しさに比べたら、なんてことなかった。
——私の中に、「やめる」という言葉は、 なかった。
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