女性の一生 / お家起業 習字編 ④

女性の一生 / お家起業 習字編 ④

赤ちゃんを連れながらでも

育てながら、続けて、稼いだ一年の物語

2006年(平成18年)

念願の赤ちゃん・はるとが生まれ、一ヶ月で復帰した私。ここからは、二人の子どもを育てながら、 習字も、英会話も、幼児学園も回していく一年です。母であり、先生であり、経営者でもある—— そのぜんぶを、お家で、抱えていきました。

この章も、当時の「教室だより」をたしかめながら、宝物スイッチの10段階に沿って振り返ります。 育てながら、続ける。その一周の中で、私は大きな自信を手に入れることになります。

1

その場にとどまる

産後・復帰直後

生後一ヶ月から、復帰しました。まず、昼はファミリーサポートに預けます。 人にあれこれ指図されるのが嫌で、義理母を避けて、あえて他人にお願いしたのです。

でも——そこでも、同じように指図されたり、洗濯物をたたまれたりして、なんだか嫌な気持ちになり、ストレスがたまりました。 「これなら、義理母のほうがまだまし」。そう思い直して、二ヶ月目からは、義理母にお昼の月・木をお願いすることに。 復帰したばかりの場所で、預け先を試して、悩んで、少しずつ慣れていく。まだ形の定まらない、模索の時間でした。

宝物スイッチ①「その場にとどまる」。 すぐには答えが出ない。試して、感じて、「これならまし」と、少しずつ慣れていく。復帰後の落ち着かない日々に、まず身を置きました。
2

ワクワクする

2006年4月・学童復活

火がついたのは、学童への出張が復活したことでした。松本幼児学園。 妊娠中、父が一年間つないでくれていた、あの学童です。

私が休んでいる間、父が守ってくれたから、復帰したときに、ちゃんとそこがありました。 そして、それは毎月定期的に入る収入になりました。子育てにお金もかかる中、決まった収入が入る—— それは、私にとって結構大きな額で、本当に嬉しかった。父がつないでくれたものが、こうして実になったのです。

宝物スイッチ②「ワクワクする」。 今あるもの——父が守ってくれた学童——が、復帰とともに、定期収入という火になりました。地に足のついた、確かな喜びでした。
3

夢中になる

2006年を通して

待望の男の子を育てながら、仕事もやっていました。それが、全然苦になりませんでした。楽しくて。

それができたのは——教室が、自宅のすぐ隣だったから。 「泣いてるよー」と義理母が呼べば、さっと家に戻れる。ガソリン代もかからない。着替えもいらない。 おうちで、仕事ができる。子どもを育てながらできる仕事。それが、本当にありがたかった。

はるとのビデオを編集し、パソコンで思い出のアルバムを作り、成長を記録する。娘のかなえに「親ばか」と言われるほど、夢中でした。 九年待った子だから、育てる忙しさすら、喜びだったのです。

宝物スイッチ③「夢中になる」。 お家でできる仕事だったから、子育てと両立できた。苦にならない、楽しい夢中——それは、長く待った命がくれた幸せでした。
4

繰り返す

毎週、休まず

どんなことがあっても、休みませんでした。 月曜・木曜は習字。金曜は英語と幼児学園。この決まったリズムを、一度も崩さなかったのです。

赤ちゃんがいても、二人の子育てで大変でも、猫の手も借りたい忙しさでも——週の型を、休まず回し続けました。 育児という、いちばん休みたくなる状況で、休まない。この繰り返しが、力になっていきました。

宝物スイッチ④「繰り返す」。 決まったリズムを、崩さず繰り返す。育てながらでも休まなかったその継続が、すべての土台になりました。
5

新しいイメージが生まれる

英会話の異変

英会話は、順調に見えていました。安くて、ネイティブで、人気で、どんどん生徒が入る。 なのに——どんどん、やめていく。いったい、なぜ? ずっと、不思議でした。 先生に丸投げしていたから、中で何が起きているか、分からなかったのです。

そんなある時、父兄が教えてくれました。 先生は、机の下に隠れてゲームをしていて、その間、子どもたちには動画を見せて時間をつぶしている、と。 それを見ていた子どもが、親に話したのです。その雑な授業に、びっくりしました。 ずっと謎だった「やめる原因」が、外からの声で、ふっと見えたのです。

宝物スイッチ⑤「新しいイメージが生まれる」。 気づきは、自分の外からやってきました。父兄の一言が、見えていなかった真実を運んでくれたのです。
6

具体化する

立て直しの一手目

原因が分かっても、私は、先生を問題にしたり、攻撃したりはしませんでした。 「あの先生が悪い」と責めるのではなく、まず考えたのは——「自分に、できることは何か」。

人を変えようとするより、自分が動く。そうして行き着いたのが、教材研究でした。 授業がつまらない原因は、本をただ読み上げているだけだったから。 ならば、自分で教材を作ろう。人任せをやめて、自分の手で作る側に回ることにしたのです。

宝物スイッチ⑥「具体化する」。 人を責めるエネルギーを、自分にできることへ向ける。誰かのせいにせず、自分の手を動かす——それが、私のやり方でした。
7

いろんな角度から磨く

教材研究

自分で教材を作ると決めてから、あらゆる角度から材料を集めました。 100均へ行って、使えそうなものを買う。ネットから、無料のテキストを探してコピーする。 おうちにあるものを活用して、使えそうな物を探す。英語の勉強になりそうなもの——とにかく、いろんな方向から、集めていきました。

お金をかけず、工夫で。一つの方法にこだわらず、無数の角度から材料を集めて、授業を立体的にしていったのです。

そして、もう一つ、大事なポイントがありました。先生に、いい気持ちで授業をやってもらいたかったのです。 「これをやって」と指示すれば、先生は嫌な顔をする。特に、外国人の先生は。 だから私は、教材を三つ準備して、「この中から選んでください」と、主導権は相手に渡しました。 教材の質は、自分が握る。でも、選ぶ気持ちよさは、先生に渡す。 私自身が、人に指図されるのが嫌だから——先生も同じだと、分かったのです。

宝物スイッチ⑦「いろんな角度から磨く」。 モノを集める角度と、人に気持ちよく動いてもらう角度。両方から磨いたから、授業の質が高まりました。質は握り、気持ちよさは渡す——それが工夫でした。
8

軸が立つ

自分の武器に気づく

私は、英語はまるでダメでした。でも、保育士をしていた時のスキルと、長年の習字教室の経験があった。 だから、子どもの気持ちは、汲み取れたのです。

子どものサインは正直で、授業が楽しくなければ、トイレに行く子が増えます。私は、そのサインを読み取れた。 英語の知識ではネイティブ先生に敵わない。でも、子どもが楽しめる場を作る力は、私にある。 そう腹が決まって、どんどん教材をそろえ、授業を面白くしていきました。すると——トイレに行く子が、いなくなったのです。

宝物スイッチ⑧「軸が立つ」。 弱みを認めたうえで、自分の本当の強みで戦うと決める。「子どもの心がそこにあるか」——それが、私のものさしになりました。
9

形にする

立て直しの結実

やめる子が、減りました。授業も良くなった。そして、英検クラスも作り、四クラスに増えたのです。

「どんどんやめていく」と崩れかけていた英会話教室が、自分の手で立て直され、逆に大きくなりました。 安さとネイティブだけが売りだった教室が、ちゃんと力がつく教室に生まれ変わったのです。 危機から始まったことが、前より大きな形になって、実を結びました。

宝物スイッチ⑨「形にする」。 頭の中の工夫が、「四クラス」という目に見える形になる。トラブルが、成長に変わった瞬間でした。
10

自分のものになる

2006年の到達点

英会話は四クラス。私が教材を作り、ネイティブ先生に回してもらう。 丸投げで崩れかけたものが、今は私が主導権を握って回している。 習字教室は続々と入会し、月・木の3時からは、充実したクラスへ。金曜日の幼児学園も復帰。

そして——月15万を稼ぐまでになりました。 生後一ヶ月で復帰して、預け先に悩んでいた①の私が、二人の子を育てながら、お家で、ここまで来た。 習字も、英語も、学童も、全部が自分のやり方で回る。それが、当たり前の自分になったのです。

宝物スイッチ⑩「自分のものになる」。 三つの仕事が、自分のやり方で回る。育てながら働くことが、当たり前になる。そしてこの新しい自分を土台に、また次の①が始まっていきます。

この一年で、手に入れたもの

妊娠したとき、仕事を手放して「女性は損だな」と思いました。 でも、この一年で、私は手放すどころか、育てながら、月15万を稼ぐまでになった。 女性は、損じゃなかったのです。

この一年で、私が手に入れたもの。
それは、月15万という数字だけではありませんでした。
——赤ちゃんを連れながらでも、稼げる。
その自信がついたことが、何より大きな宝物でした。
女性の一生 / お家起業 習字編 ④ | くばえつこ

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